毎年6月10日は時の記念日って知っていましたか?
幼稚園や小学校で子どもたちに時間の大切さを教える意味で、「時の記念日のことをうちに帰ってお母さんに聞いてくるように~!」っていう感じで宿題によく出されるんですよね。
あなたは子供でもわかるくらい簡単に説明することができますか?
私も最初はまったく知らなくて困りました。
いろいろ調べていくうちに
- 「そもそもなんで時間がわかるの?」
- 「もしも時間がわからなかったら困ることは?」
といった概念的なことも考えるようになって、子どもたちに「時間を守ることは大事なことなんだよ!」とわかりやすく教えることができるようになりました。
今回の記事を読めば、あなたもお子さんたちに時の記念日の由来をわかりやすく説明できるようになれますので、楽しんで読み進めてくださいね!
実際に私の子どもも、この教え方ですっごく理解してくれましたのであなたの参考にもなれば幸いです^^
時の記念日の歴史
時の記念日が決められたのは、1920年(大正9年)で、その時のえらい人が「時間は大切にしようね!」と呼びかけたのが始まりです。
祝日じゃなくって、記念日なんです。
時の記念日が祝日だったらよかったのに。
時の記念日の由来
今からおよそ1340年も前に天智天皇というえらい人がいました。
百人一首にもでてくる人ですよね。
その天智天皇が漏刻(ろうこく)という水時計を使って日本で初めて時を知らせたのが、671年6月10日のことだったのです。
だから6月10日が時の記念日になったんですね。
漏刻(ろうこく)というのは今で言う水時計のことです。
あなたは時計と聞いて、どんな時計の種類を思い浮かべますか?
日時計、水時計、砂時計などですね。
当時日時計は晴れている日にしか使えないというデメリットがあったので、水時計が主に使われていました。
水時計の取り扱いが簡単だったのか?といえばそうでもなかったんですね。
ところで水時計は誰が使っていたのでしょうか?
当時、陰陽寮(おんみょうりょう)という、今で言う役所みたいな所がありました。
ここは占い・天文・暦・時に関する部署で、その中の時に関する専門家に漏刻博士(ろうこくはかせ)という役職がありました。
漏刻博士が2人で交代しながら、水時計の水の量を測って時間を知らせていたんですね。
漏刻博士の下には20人もの時守(ときもり)と呼ばれる、実際に水時計を取り扱う人たちがいたのだから、水時計を管理するのはそれはもう大変な仕事だったということが簡単に想像できますよね。
そんな大変な仕事をしてでも時間を知ることは、当時の日本では大事なことだったのです。
実際に子どもに「時の記念日」のことを教えるには?
時の記念日の由来については、およそわかりましたか?
お子さんに説明できますか?
まとめると・・・
- 「むかしの日本も、今と同じように時間は大切なモノだったんだね。」
- 「むかしは専門のお仕事があったくらい、時間を管理するのは大変だったんだよ。」
- 「てんちてんのうという人が、日本で初めて時を知らせた日が6月10日だったんだよ。」
こんな感じで言ってあげてくださいね。
時の記念日の由来を簡単に説明できたら、お子さんにこう聞いてあげてください!
「もしも時間がわからなかったら困ることってなに?」と。
それを聞いてお子さんが例えば
- 「プリキュアや仮面ライダーを見逃してしまうかも」
- 「おやつの時間がわからなかったら夕食の時間でお腹いっぱいで食べれないかも」
- 「幼稚園のバスに乗り遅れるかも」
といった答えになれば、「時間って大切なんだ!」「時間は守らないと」ときっと思ってくれますよね。
さいごに
実際に幼稚園では、6月10日に時計を作ったり、日時計を教えたりするところもあるようですよ。
時の記念日に時計作りを体験して、子どもたちが時間の大切さについて学んでくれたら、私たち親にとってもありがたいことですね。